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いま想うこと 
フェリス女学院大学名誉教授・NPO法人日本声楽家協会研究所長 渡邊明先生
私事ではあるが、去る11月11日に私はサントリー小ホールに於いて「リサイタル」を無事終えることができた。今66歳の現役バリトン歌手である。昨年はアメリカのミシガン州にある大学、ホープカレッジで日本歌謡の演奏とレクチャーを行い、またモロッコに於いて日本の創作オペラをも演じた。かつて26歳の時、ドイツに留学するにあたって開いた初リサイタルを私の歌の歴史の始めとするならば、本年は丁度40周年にあたり、感慨深い年である。なぜこの様なことを書くかといえば、この40年間は私にとっては、誠に「歯」あっての40年であったと思うからである。「歯の命は正に歌の命」である。歯なくして今の私の歌はない。クラシックの歌は、生の声を広い空間に響かせ言葉を伝るところにその妙味がある。歯はその声の共鳴と言葉の発語にとって無くてはならない最も大切な器官なのである。そしてその歯の命というものは、名医に出会うことによってのみ正しく保たれるということを、今しみじみと感謝をもって感じている。

1972年ドイツ留学から帰国した直後、私は激しい歯痛に襲われた。口臭もひどかった。当時は歯が痛ければなんでも虫歯と呼んでいた頃である。しかしこれは今で言う「歯周病」である。そこで大阪にいらした名歯科医の吉村先生を通じて、その関係筋から「天才的な歯槽膿漏の専門医」がいるからということで若林先生を紹介されたのが、そもそもの私の歯の歴史の発端である。以来30年余り、時はアッという間に過ぎた感はあるが、そう感ずるのは歯の平穏があってのことだとも思える。さらに思い起こせば、この30余年間お世話になった担当の歯科衛生士も7名以上を数える。みな患者の立場に立って丁寧な処置指導をしてくださった。歯科衛生士の力は歯科医に劣らず非常に大きいものと感じたものだ。当初お世話になった遊佐典子衛生士は、実に人間味豊かな魅力的な人でしたし、その後にお世話になった佐々木妙子衛生士は、堂々たる実力と知性に裏付けられた人であった。正に名医のもとには名衛生士が育つということを垣間見たような気がする。

人間にはそれぞれ「一期一会」とも言える、その人の一生に大きく関わる大切な人がいる。人間が人と人との間でこそ存在し得ることを思うなら、その意味で私の歌の人生を静かに支えてくださった若林先生は、私にとってはその一人と言えよう。時を経てこそ真実そう思う。どうか益々のご活躍とご健康を、そして今私はわたしの半生と歌をかけて若林先生との出会いに心から感謝するのみである。

 
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