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地獄の苦しみから抜け出た喜び
フェリス女学院大学名誉教授・NPO法人日本声楽家協会研究所長 渡邊明先生

「ブラッシング」を私は初めは信じなかった。動物がやらないものを人間だけが、どうしてやらなければならないのかと、へ理屈をならべていた。

ところが先生に教わった。犬の80〜90%は歯槽膿漏にかかっている。2〜3年で歯がダメになり、入れ歯がないから、歯ぐきでものを食べている。ネコもそうである。だからペットのイヌ、ネコは年に1度、全身麻酔をかけて歯石をとっている。加工した食べ物を食べない野性のヒグマでさえ歯槽膿漏にかかり、骨がほとんど溶けていたという例もある。
私も子どもの頃から歯を磨いてきているつもりだった。しかし、義務感からでしかなかった。

私が先生のところに来た時は、歯槽膿漏の末期症状だった。
昔、ドイツに留学していた時、行く前に治療した歯がまた痛み出した。村の歯医者にかけこんだら、痛み止めの薬をくれただけだった。
それ以前に昭和42年頃、オペラの地方巡業で、東北、北海道をまわっていた。函館で打ち上げをした時、カニがでた。それをがぶりと噛んだら、下の歯4本がとたんにグラグラと動きだした。痛みもともなった。そうなるまで、まったく歯が悪いことに気がつかなかった。
それでも歯槽膿漏いうことは頭になかったから歯医者にも行かなかった。

その翌年が、先のドイツ留学だ。留学する前に、東京京橋の歯医者をたずねたら、むかしかぶせた1本が噛み合わせが悪かったためにほかの4本に影響しているといわれていた。
ドイツでは、痛んだら痛み止め、というふうにして4年いた。
ところが帰国したとたん、そのうちの1本が猛烈に痛み出した。家の者の紹介で飛んで行った。そしてその歯を抜いた。悪臭がひどかった。 
そこで初めて、歯槽膿漏だということを知らされ、ブラッシングをすすめられた。しかし局部を切開して治療してもらったが、その先生もお手あげだった。それでその先生からの紹介で若林先生のところにきた。自分よりも、歯槽膿漏の専門医ということでの紹介でだった。

若林先生のところに来て、これまでしてきたブラッシングが、正しいやりかたではなかったことがわかった。自分ではしているつもりでいても、正しいブラッシングをしていなかったのである。「ハイ、ハイ」と返事はするものの、ちゃんと磨いていなかった。だから痛みが消えなかったのだ。
痛みや出血をおさえるのは、すごく簡単なことである。先生のいう通りに、正しく歯を磨けばいいことなのだ。それで解決するのだ。ブラッシングの重要さを、若林先生のところに来て初めてわかった。

それまでの磨き方というのは、小さい頃からの習慣で歯磨剤をつけての磨き方だった。それが、歯磨剤をつけずに磨かされたのだ。爽快感が半減したようで、しっくりいかなかった。これがブラッシングなのだった。これまでの歯磨きとブラッシングは、まったく違うのだ。問題は歯垢をとることだから、歯磨剤など、極端にいって必要ない。歯磨剤をたっぷりつけて、長い時間かけて磨いたところで何の効果もない。歯質を痛めるだけである。そのことがよくわかったのだ。

若林先生のところに行った時は、私の歯はとうてい普通の磨き方で、もとに戻るような状態ではなかった。簡単には治らない状態だった。だから時間がかかるといわれた。
普通の磨き方だと、歯磨剤をつけないと口の中がさっぱりした感じがないのに、正しくブラッシングをすると、歯磨剤なしでもさっぱりする。これがわかったから続ける気になったともいえる。

歌うことが仕事である私は、歯ぐきがはれ、出血するのが当たり前のように長い間思っていた。歌い手にとって歯というものが生命であるのだが、痛さや出血を耐えることによって、それを必死に守ろうとしていた。
いまから思うと愚かなことだった。昔は「シ」の発音をするときは、かなり気を使わなければならなかった。意識せざるを得なかった。それが今ではまったく気にもとめずに歌っている。

今から思うと昔は地獄だった。歯が痛む、出血はする、神経を抜く、穴を掘り鉄柱をいれる。そうした口で歌をうたう。まさに地獄の中での歌だった。
その地獄から這いでた喜びで、いま私は歌っている。

 
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